シリアでの安田純平さん拘束事件1年

(世話人)土井敏邦 川上泰徳 石丸次郎 綿井健陽

 

昨年6月にジャーナリストの安田純平さんがシリアの北部で反体制イスラム過激派組織『ヌスラ戦線(現・シリア・ファトフ戦線)』と見られる武装組織に拘束されて1年が過ぎた。今年3月、安田さんの動画がインターネットに投稿され、5月末には5月に、「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」と日本語の紙を掲げる安田さんの画像がネットで公開された。7月末の段階では、新たな画像や新たな動きは出ていない。

シリア内戦は2011年春の開始以来、5年を経て、28万人が死亡し、480万人が難民化するという最悪の悲劇を引き起こしている。シリア内戦は、難民問題の欧州や世界への波及、過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロの拡散など、日本を含む国際社会にとって現在、最も深刻な危機の源泉となっている。7月1日には、バングラデシュの首都ダッカのレストランが武装集団に襲撃され、日本人7人を含む20人が殺害され、ISが犯行声明を出した。

シリア、イラクを含む中東情勢の行方は、世界中の国際機関、政府、NGO、企業が対応を迫られる問題となっていると言っても過言ではない。シリア内戦の実態や行方について世界の注目、関心に応えるために、世界中のメディアと、多くのフリーランスのジャーナリストが、危険を冒しながらもシリア国内や周辺地域での現地取材を行っている。

安田さんはイラク戦争以来、イラクやシリアの紛争地取材を続け、常に民衆の立場から、戦争の悲惨で不毛な現実を日本に伝えてきた。安田さんは出国前に「危険地報道を考えるジャーナリストの会」(略称・「危険地報道の会」)の会合にも参加した。会が昨年12月に刊行した「ジャーナリストなぜ『戦場』に行くのか」(集英社新書)でも、当初は執筆予定者であった。

「危険地報道の会」は昨年6月に安田さんがシリアで消息を断って以来、会としての対応を協議してきた。しかし、当初は、安田さんを拘束している組織や拘束の理由についての確認情報はなく、(憶測で)不確かなままでも解放を求める声明を出すなど行動を起こすことも議論したが、かえって安田さんの身に危険が及ぶことも懸念されたため、安田さんに近いジャーナリストたちから情報を収集し、救出の活動を見守ってきた。

3月に動画、5月に画像でそれぞれ安田さんのメッセージが流れ、日本のメディアに、シリアの反体制のイスラム過激派「ヌスラ戦線」の自称「代理人・仲介人」を名乗るシリア人が登場して、日本政府に身代金交渉をもちかける言葉が現れた。

5月中旬には安田さんと昨年の同時期にヌスラ戦線に拘束されたスペイン人ジャーナリスト3人が無事解放された。解放の背景にはスペイン政府が奔走し、ヌスラ戦線指導部に影響力のあるトルコやカタールが仲介して実現したと報じられた。一方、安田さんの解放で進展が見られないことについては、日本政府が積極的に動いていないのではないか、という懸念が出ている。

私たちは会として7月に外務省の担当者に面会した。しかし担当者は、安田さん拘束に関する私たちの質問に対して、「事案の性質上、お答は控えさせていただきます」と言うばかりで、一切、答えようとしなかった。

会では安田さん問題への対応について議論を重ねた。日本政府がスペイン人ジャーナリストの場合と同じように、政府レベルでトルコやカタールなど『ヌスラ戦線指導部』に対して影響力を持つ第三国に働きかけ、その協力を得て、安田さん解放の道筋を探ることが不可欠だという結論になり、外務省にもその旨は要請した。

5月30日の会見で菅義偉官房長官は「邦人の安全確保は政府の最も重要な責務」と明言した。しかし、2015年1月に「イスラム国」(IS)に殺害された後藤健二さん事件で日本政府は「テロリスト組織とは交渉しない」という姿勢を押し通し、後藤さん解放につながる有効で実質的な交渉ができなかった。

当時は、アメリカ政府の方針も同じだった。しかし、アメリカ政府も2015年6月に、それまでの方針を変え、「人質の安全と無事を帰還させることを最優先」とし、人質の家族が人質解放のために身代金を支払うことを認め、政府が家族を支援するためにテロ組織と連絡をとるという新たな対応策を打ち出した。

その方針転換前であっても、ヌスラ戦線に2年間拘束されていたアメリカ人ジャーナリストが2014年8月に、カタール政府の仲介によって無事解放されたとき、「アメリカ政府が、解放が無事行われるよう民間を支援した」と報じられた。実際、ケリー国務長官は「2年間、アメリカ政府は解放を実現するために、解放を支援してくれる力になってくれる者、手段を有するかもしれない者たちに緊急の援助を求めて20ヵ国以上の国々と連絡をとった」と明言した。

ジャーナリストだけに限らず、どんな職業や立場であっても、邦人が不慮の事故や拘束で生命の危機に陥ったときに「邦人の安全確保」のために日本政府が救援に動くのは国としての責務である。

情報が少ない中、安田さんの家族には不安、焦り、疲労が募っていることは想像に難くない。6月末には安田さんのビデオや画像をインt-ネットに公開してきたヌスラ戦線の自称「仲介人」が、仲介作業から撤退するという情報が流れ、安田さんを巡る状況は一層、不透明となっている。

ヌスラ戦線が拘束していたスペイン人ジャーナリスト3人の解放は、スペイン政府が解放交渉に関与することで実現した。安田さんの一日も早い解放を実現するためには、「邦人保護」の責任を負う日本政府による積極的な対応が求められている。

2016年7月29日
「危険地報道を考えるジャーナリストの会」

   「危険地報道を考えるジャーナリストの会」メールアドレス
kikenchihoudoujournalist【at】yahoo.co.jp

-安田純平さん拘束関連