なぜ「危険地報道を考えるジャーナリストの会」を設立したのか

2018/10/16

2015年1月、ジャーナリストの後藤健二さんがシリアで殺害されたとき、日本のメディア報道や世論の反応は、大きく二分されました。一つは「戦場の子どもたちや女性の悲惨の状況を命がけで伝える、勇敢で心優しいジャーナリスト」といった“英雄視”の声。もう一つは、それとは反対の「金もうけのために自分勝手に危険な戦場に行き事故を起こして国に迷惑をかける輩」という非難の声でした。

この事態に、後藤さんと同じように危険地(紛争地、被災地、強権国家や犯罪組織の支配地域など)で取材活動をするジャーナリストは改めて、「なぜ私は危険地を取材するのか」「この社会の反応に、私たちはどう応えていくべきか」という問いを突き付けられました。

さらに後藤さん事件の直後、シリア周辺地帯の取材を計画していたカメラマン・杉本祐一さんが政府によって旅券を返納させられる事件が起きました。このとき、多くの市民がこの政府の措置を支持しているということがあるメディアの世論調査で明らかなったとき、私たちはいっそう強い危機感を抱きました。後藤さん事件と同様に、それは「ジャーナリズムは国民の市民の権利に寄与するためにある」というジャーナリズムの意義が一般市民に理解されず、逆に市民の間に、ジャーナリズムやジャーナリストへの不信感が広がっているという深刻な事態を象徴する事例だったからです。

これは日本のジャーナリズムとりわけ危険地報道の危機です。私たちジャーナリストが今この日本社会の空気に沈黙し看過すれば、私たちの使命放棄になりかねません。今こそ私たちジャーナリスト自身が、後藤さんの事件など事故例を検証し、安全対策や危機管理について情報を交換し蓄積する必要があります。さらに危険を冒してまで紛争地や災害地を取材することの意味を、ニュースの受け手である一般市民に訴え、理解と支持を得ていかねばなりません。

後藤さん事件直後の昨年2月以来、私たち4人のジャーナリストが中心になり、フリーランス、組織所属の枠を越えた、危険地報道に携わるジャーナリスト有志たちが集い議論を重ねてきました。その過程の中で、共著書『ジャーナリストはなぜ戦場に行くのか―取材現場からの自己検証―』(集英社新書)が生まれ、「危険地報道を考えるジャーナリストの会」を発足させることにしました。

長い議論の中で、いま私たちが早急に取り込まなければならない以下のような課題も明らかになりました。

(1) ジャーナリズムの役割と危険地取材の意味
一般市民の間に広がっているジャーナリズムへの無理解や不信感に、ジャーナリズム側はどのように対応するのかが問われています。ジャーナリスト自身が、このインターネットの時代に自分たちの仕事は何のためにあるのか、何のための危険地取材なのか、という議論を始め、現代でのジャーナリズムの役割について問い直す必要があります。

(2) 後藤さん事件など過去の事故例の検証と危険地取材の安全対策のまとめ
後藤さん事件や過去のジャーナリストの事故事例についての検証作業を行い、さらに、ジャーナリストの危険地での取材の成功や失敗、教訓などの経験を集めて、ジャーナリズムの安全の手引きや、危険地取材の実例と教訓などをまとめる必要があります。一般市民にもジャーナリストの仕事を知ってもらう材料とします。

(3) 危険地での事故発生時の対応や取材や移動の自由などジャーナリズムの法的権利
危険地でジャーナリストが事故や紛争に巻き込まれた場合の対応や補償などの問題、さらに政府から強まる圧力から報道の自由を守るために法律の専門家(弁護士や法学者)と連携の道を探ります。

(4)ジャーナリストから市民への働きかけ
危険地報道について、ジャーナリストが議論したり、経験を語ったりする成果について、一般市民に向けた発信の方法を探り、市民と共に考え、情報を共有し、協力できる場をつくります。例えば現地報告会、連続講演会、シンポジウムやホームページによる広報、フェイスブックやツイッターなどソーシャルメディアによる発信などです。

(5)組織づくりと国内の市民組織や国際的組織との連携
「危険地取材」について、ジャーナリストの情報や声が集まり、さらにジャーナリストを支援する組織づくりを目指します。さらにジャーリズムに関わる国内の関連組織との協力・連携の道をさぐり、さらに市民組織とジャーナリズムの連絡を促進します。さらに英国「ロリー・ペック財団」など海外ジャーナリスト組織との連絡・協力・連携の道を探ります。

(6)フリージャーナリストと組織ジャーナリストとの協力体制
危険地取材に対する政府の規制が強まるなか、フリージャーナリストの事故を恐れて、新聞、テレビなどで、危険地取材から得られる材料を使うことの自粛の動きが強まることが予想されます。 “日本のジャーナリズム”を守るために、フリーランスと組織ジャーナリズムが協力できる体制づくりを求めていきます。

2016年9月10日

「危険地報道を考えるジャーナリストの会」世話人
土井敏邦
川上泰徳
石丸次郎
綿井健陽

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