「イラク・バグダッドの映画監督たち」 綿井健陽

年末年始を挟んでおよそ1カ月、イラクで若い映画監督たちをビデオカメラで追っていた。
そのきっかけは、2014年12月、UAE(アラブ首長国連邦)で開かれた「ドバイ国際映画祭」で、私の映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』の上映後、イラク人の若手映画監督ワレス・クワイシュ(当時22歳)と会ったことからだ。
上映後の質疑応答で、バグダッド在住の彼は、「この映画に登場する戦争のシーンばかりがイラクではない。もっと他の側面も見てほしい」と話した。
イラク人映画監督たちが海外の映画祭に参加すると、観客たちの映画の感想や反応は、映画の内容以外になることが多いという。ワレスは、「あなたの宗教は何ですか?」という質問を何度も受けた。「イスラム国(IS)」のテロや、欧州に逃れる難民が急増する中で、イラク人映画監督たちは偏見にさらされている。
そんな中、ワレスから「年末年始にバグダッドで新作映画の撮影ロケをする」という連絡が入った。そこで私は、いまイラク人たちが、何をどんな思いで映画をつくっているのか、この機会に一部始終を記録したいと思い、バグダッドに向かった。

半年ぶりに訪れたイラク・バグダッドの年末年始は、花火と爆弾の「爆発」に包まれていた。クリスマスを過ぎても、毎晩花火の音が深夜まで断続的にとどろき、そのまま新年を迎えるカウントダウンの雰囲気に入っていく。花火の音は、1発目は銃声や爆弾の音かと思って驚き、首をすくめて不安になるが、徐々にそんな音にも慣れていった。
昨年10月には、アルコール販売や輸入を禁止する法案がイラク国会で突如可決されたが、市内の大通りでは酒屋がいつも以上に大繁盛だ。酒屋の店主や弁護士に聞いても、「そんな法律は関係ない」というばかり。ビールとウィスキーが冷蔵庫と棚に多数並んでいる。夜になると、大勢の地元イラク人が買い出しに来ていた。
そんなバグダッドの年末光景を目の当たりにして、2017年の新年を賑やかに迎えられるかと思ったが、現実は甘くなかった。
16年最後の日から連日、イラクでは爆弾テロが頻発した。シーア派住民が多数住むバグダッド市内北部サドルシティ地区では1月2日、日雇い労働者たちが職を求めて集まる場所に、爆弾を積んだトラックが突っ込んだ。トルコ・イスタンブールで年明けに起きた銃乱射事件と同じ人数の39人が死亡した。

市民が集まる場所を標的としたISの攻撃、テロは無差別化、イラク全土に拡散する一方だ。ISが自爆ベルトを巻いていることを想定して、治安部隊の身体検査では、市民の腹や腰のあたりを入念に調べる。

フセイン政権崩壊後、イラクでは数々の映画が製作されている。日本でも公開された『バビロンの陽光』(11年)のモハメド・アルダラジー監督らが設立した「イラク・インディペンデント・フィルムセンター」には、20代から30代の若い映画人たちが集まる。
38歳のサラム・サルマンは、15年のベルリン国際映画祭で短編部門賞を受賞した。「映画祭では『よく映画をつくれますね』と観客から驚かれるが、爆弾テロの恐怖よりも、むしろ問題は資金。イラク政府からの支援は受けていない。UAEやカタールのファンド、テレビや企業のスポンサーをいつも探している」。
サラムは15年夏、大切な友人を失った。彼と同世代のイラク人映画監督ムダル・アナムはトルコからゴムボートで地中海対岸の欧州を目指した。しかし、荒波にのまれて途中で沈没。サラムが彼の遺体を見たのは、水死の1カ月後だった。
「『イラクで映画を作り続けよう』と何度も止めたが、彼は平和な生活と映画作りの夢という『1%の望み』を欧州に求めて難民として旅立った。私も何度かイラクを離れようと思ったことはある。しかし、彼と同じ『1%の望み』を私はここでの映画製作に懸ける」
サラムは力を込めて、未来を語る。
「世界の人々は、イラク人はみな、ISのような者たちだと思っているかもしれない。そんなステレオタイプな見方や偏見を、映画を通じて変えたい」

バグダッド市内のカフェで、若者や老人たちに交じり水タバコを吸った。目の前で人と車が行き交う路上の風景は、日本とそう変わるわけではない。
ただ、そんな穏やかな光景が一瞬にして、爆音と煙と鉄片で真っ黒になり、さっきまで脇に座っていた人の血や肉片が飛び散り、叫び声が響き渡る瞬間を何度も想像した。それは、バグダッドでは誰にでも起こりうることだ。
イラク戦争開戦からまもなく14年を迎える。サラムは私に問いかけた。
「私たちは爆弾で人が死ぬ日常に慣れてしまった。生と死の分かれ目は偶然にすぎない。ここにいると、そう思わないかい?」      (文中敬称略)

《共同通信から2016年6月に配信した寄稿「バグダッドは今~死の日常化、映画人の苦悩  無差別、拡散する爆弾テロ」に加筆・修正した原稿です》 

-綿井健陽(わたい・たけはる)