危険地報道報告会リポート [2]

■第2部 アサド政権下の取材  ※コーディネーター 綿井健陽

(1)政権下での取材の実際とメディア状況

◇報告者 共同通信カイロ支局長 木村一浩
木村さんは日本に一時帰国していた4月3日に綿井が聞き手としてインタビューをした映像を編集して、録画として報告会で上映した。

木村 「私が今回カイロに赴任したのは2015年夏です。それ以来、大体2カ月か1カ月に一回、シリアに入って内戦の状況を取材しています。首都のダマスカスには毎回入りますし、激戦地だった北部のアレッポにも2015年10月、16年9月と12月の3回入り、さらに中部のホムス、世界遺産があるパルミラにも入り、取材しています。シリアに入るときは、いつもエジプトにあるシリア大使館にビザを申請します。比較的短期間で、1週間か2週間でビザはでることが多いです。入国自体には厳しい制限はありません」

――マスメディアが取材しているケースがほとんどなのでしょうか。
木村 「シリアの情報省と外務省がマスメディアにしかビザを出していないのかもしれません。しかし、時々、大統領府の人たちが自分たちのつながりで、フリーランスの人たちにも出しているようです。昨年から米国や英国のフリーランスの記者が入ったという話も聞きました

――シリアに入国してからは、制限とか、監視とか、通訳とかを含め、どのような態勢での取材になりますか?
木村 「まず、シリアの情報省に入国した事実を知らせます。どこで取材するにも、必ず許可が必要になります。戦争中の国なので、道路には軍による検問がそこら中にあり、すぐに検問で止められます。そういう時に、許可証を示す情報省の役人がついていないと、まず現場に行けません。情報省の職員を同伴させて移動することになります」

――情報省の役人が常に横にいるというということは、その人は監視をしているということになる?
木村 「監視をしているという見方も成り立つと覆います。ただし、アラブ世界のことなので、日本が監視と言うことばで想像するような、すべての行動をすべて見張っているかと言えば、そうでもないかもしれません。ただ同行はしています」

―― 市民の思いというのはどれくらい話してくれるのでしょうか?
木村 「市民は外国メディアに話したことは、常に政権側に抜けるという警戒心は常に抱いています。意外に話すなあという思いです。例えば、アレッポに行って、『この戦争がいつまでも終わらないのはなぜだろう』と政権を非難する方向に話を向けようとしても、なかなか乗ってきません。会話はすすみません。しかし、戦争をどうしてほしいのか、あなたの生活がどうなればいいのかと言う風に聞けば、戦争を早く辞めてほしい、戦争を続ける者が悪であり、戦争を止めるものが悪だというような発言は意外と出てきます。さらに、自分と自分の家族はいかに苦しい状況にあるかという話も出てきます」

―― アサド政権に対する思いや感想、特に批判的なことはどうでしょう。
木村 「まず、大統領という単語を使いたがらないですね。メモをとらないでざっくばらんに話を聞いている時も、大統領という単語や、政府と言う単語は使いたがらない。ですから、面と向かって、あの大統領が悪いから、戦争が終わらない、と言ってくれる人はいない。ただし、直接話をしていると、欧米が悪いというだけでなく、自分たちの政府にも問題があるという趣旨の発言をする人は意外といます」

―― 大統領や政府という単語を使わない理由は、その言葉すらも怖がっているということでしょうか?
木村 「(その言葉を使うと)監視されるということでしょう。道を歩いていて、アサドという単語を使うと、一緒にいる人はいやがります。」

―― 取材する時に使う通訳は、自前の通訳なのか、情報省からあてがわれる通訳なのでしょうか。
木村 「両方のケースがあります。基本的には情報省の職員が同行して、通訳代わりの役割を果たすのですが、場面とか局面によって、こちらが用意した通訳が通訳することもあります」

―― 情報省の通訳が意図的に訳を変えられたり、削られたり、検閲されているという感触はありますか?
木村 「ゼロではありませんが、現場レベルでは一生懸命通訳しますね。こちらの質問が余りにも露骨だと、通訳が驚く素振りを示すことはありますが、英語には訳して、向こうの答えもちゃんと訳すことのほうが多いです」

―― 取材した内容について、(政府から事前に)確認させて欲しいいとか、出す前に報告しろといわれるケースはあるのですか?
木村 「私はそういうことを経験したことはありません」

―― それが外国の英語メディアもおなじでしょうか。
木村 「(英語メディアでは)そういうケースはあると思います。私が直接知っているケースでは、欧州のテレビ局の記者が、『アサド政権がアレッポで市民を殺し続けている』という内容のリポートをしたところ、国外退去させられたことがありました」

―― アレッポの人たちに関して、アサド政権に対する批判、一方で反政府勢力に対する批判とか、市民の感想や反応はどうでしょうか?
木村 「反体制派の地域に住んでいた人たちが、政治的に反体制派ということではありません。そこに自分の家があり、仕事があるということで、爆弾が落ちてきても、ずっとそこにいて暮らしていたということです。具体的にどのような体験をしたのか、誰があなたの友人や家族を殺したのか、という話はみんなします。しかし、政治的にアサドを批判するとか、反体制派を批判するという言葉を引き出すのはかんたんではありません」

―― 木村さんから見て、日本以外の欧米のメディアについてどのように見てますか?
木村 「欧米のメディアも中東のメディアも、先入観が強いということを感じます。現場で起きていることよりも、政治的な思い、こうあるべきだという思いがかなり先行しているなというのが、率直な感想です。例えば、ニューヨークタイムズなど欧米メディアは、悪のアサド政権が善の反体制派を封鎖して、逃げられないかわいそうな市民を殺し続けているというトーンで一貫して報じました。これは真実も含まれるけれど、全部が真実であるわけではないと思います。中東のメディアも政治的なバックグラウンドを知らないでみると、ミスリードされてしまうことがあると思います。

例えば、アルジャジーラはアサド政権にとって敵対的な印象が強いですし、逆にレバノンの一部のメディアやイランのメディアはアサド政権を応援するという方向性が強すぎて、報じられる内容をそのまま信じることは難しいです。一番手っ取り早く本当だと思えることを知るのは、自分が現場に行くことだと思います。現場に行ったからと言って、全部が分かるわけではないが、現場に行けば事実を自分で確認することができる。それを積み上げることによって、信頼できるストーリーが書けるのではないかと思います」

―― カイロにいる日本のメディアの方々のシリア内戦取材についてモチベーションはどうでしょうか?
木村 「現場の記者は、みなシリアに行きたいですよね。自分の目で見て、報道したいと思っていると思います。ただ、イラク戦争のころに比べると、東京の本社が、シリアにいくひつようはないと頭から決めている社が多いように感じます。だから、安全かどうかを現場の記者が逐一判断して、安全だから行く、危ないからやめておくという判断ではなくて、いまのシリアは戦争中だから危ないから行かないと結論が決まっている社が多いのかなあと、率直に言うとそう感じています」

―― いま、木村さんがシリアに行く時に、日本の外務省から要請とか、勧告とか、そういうことはありますか? 外務省のメディアに対する姿勢はどうでしょうか。
木村 「シリア国内で取材中に、外務省から電話がかかってきて、『危険ですから出国してください』という働きかけを受けたことは何度かあります。外務省は、日本メディアが入ってくれない方が安心だと思っているという印象が強い。しかし、日本人の記者が現場に行ってみた方が、日本全体にとって利益だと私は思います。外務省や日本政府は、日本人記者が紛争地に入って、何らかの被害にあうことをすごく恐れているのかな、という印象を受けます」

―― 日本人が危険地地域に行って取材する必要はないとか、現地からの映像を使って放送すれば十分だとか、拘束されたりした時に国家や国民の迷惑をかけなという批判やバッシングが起きたことが何度もありますが、木村さんは取材現場から、どのように感じていますか?
木村 「まず、日本人が現場に行って、現場を見て、取材して、日本語で記事を書くことは絶対必要なことだと思っています。日本人がなぜ、シリアの内戦を取材しないといけないかと聞かれたことはあります。インターネットで現地発だといわれる情報がいっぱいある状況だからこそ、本当か嘘かが分からなくて、本当に何が起きているのかを知るためには、日本人の記者も現場に行かなくてはいけない、と思ってます」

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